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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)3979号 判決 1974年5月20日

原告 徳永喜美子

被告 エール・フランス・コンパニーナシヨナル・デ・トランス・ポール・ザエリアン

主文

一  被告は原告に対し金四〇〇、四〇〇円およびこれに対する昭和四七年二月一八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、本店をフランス国パリー市マツクスイーマンススクアール一番地に置くフランス法人であるが、東京都港区赤坂二丁目五番五号に日本営業所を置き、日本における代表者を定め、航空貨物並びに旅客の運送を業とする航空会社である。

2  原告は、昭和四六年一一月一八日被告が運行する東京国際空港発香港行旅客機(以下エア・フランス便という。)の乗客となつたが、その際同空港内税関に、別紙物品目録記載の金銭、貴重品等を収納した手提化粧道具入(バニテイ・ケース……以下本件ケースという)を置き忘れた。

3  原告が右置き忘れに気付いたのは、自己の乗るエア・フランス便が東京国際空港を離陸する直前であつたので、たまたまエア・フランス便に同乗していた被告の職員加藤隆宏の勧めもあり、被告の同空港職員である伊藤義則に同ケースの保管を依頼して、その承諾を得たので、そのままエア・フランス便で香港に向けて出発した。

4  香港到着後、原告は、右加藤から被告香港空港職員のウーを紹介され、右事情を説明して本件ケース内容物一覧表を交付し、その上で本件ケースが発見され次第原告に連絡してその処理について原告の指示をあおぐこと、それまでは被告の東京国際空港事務所において保管することを右ウーに依頼し、ウーはこれを承諾した。

5  しかるに被告は本件ケースを発見して、これを保管するに至つたにも拘らず、何ら原告の指示をあおぐことなく、また本件ケースには現金・貴金属などが入つていることを知りながら、被告職員伊藤義則において、本件ケースを漫然と一般貨物として扱い、香港に向けて発送した。このため本件ケースは紛失するに至つた。

6  被告の右措置は、原告が被告職員伊藤義則ないしは同ウーとの間に結んだ保管契約の趣旨に違反するものであり、よつて受託者の善良な管理者としての注意義務に違反して本件ケースを紛失させ、原告に別紙物品目録記載の金銭、貴重品等総計四〇〇、四〇〇円の損害を与えたものである。

7  さらに被告は運送人であり、原告との間で旅客運送契約を結んだものである。本件ケースは当初原告の持込手荷物であつたが、前記のとおり一たん原告が置き忘れ、被告によつて発見されて被告にその占有、保管が移つたのであるから、かかる事情のもとで本件ケースは商法五九一条一項の引渡をうけた受託手荷物の性質を有するに至り、被告は本件ケースの紛失につき物品運送人としての責任を負うものである。

8  かりに6ないし7の主張が認められないとしても、被告は本件ケースを発見後、義務なくして原告のために保管していたが被告が本件ケースを発見以降とつた措置は、6で述べたとおり善良な管理者としての注意義務に違反したものであり、事務管理者としても本件ケースの紛失につき責任を負うものである。

9  よつて、原告は被告に対し、6ないし8のいずれかの債務不履行に基く損害賠償請求として、金四〇〇、四〇〇円とこれに対する原告が被告にその支払を請求した日の翌日である昭和四七年二月一八日以降支払済に至るまで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち本件ケースの内容物中、南洋珠ペンダント及びネツクレス二本の存在ならびに現金以外の収納物の価額はいずれも知らない。その余の同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち原告が被告職員の伊藤義則に本件ケースの保管を依頼した事実は否認する。すなわち原告は右伊藤に本件ケースの探索を依頼したにすぎず、本件ケースは原告をのせたエア・フランス便の出発までは発見されなかつたものである。

4  同4の事実のうち原告が香港到着後、被告の香港空港職員ウーに本件ケースの置き忘れの事実を説明したことは認めるが、原告がウーに原告主張のような依頼をした事実は否認する。ウーに対する原告の依頼の内容は、本件ケースが二、三日以内に発見されたときは発見次第香港に後送すべきこと、発見がその後になつたときは東京国際空港で保管すべきことという内容であつた。

5  同5の事実のうち被告が本件ケース中に現金が入つていることを知つていたこと、本件ケースが紛失したことは認めるがその余の事実は争う。

すなわち被告は原告を乗せたエア・フランス便が東京国際空港を離陸した後、本件ケースを発見した。その後原告の前記認否4に述べた依頼にもとづき、被告香港空港営業所から被告東京国際空港営業所旅客課及び遺失物課に向け本件ケースを発見次第至急連絡及び後送されたいとの電報が届いたので、被告は原告の右指示に従い、その日のうちに香港に行く便の中で最も早いパンアメリカン航空のPAI便一八時三〇分(以下パンアメリカン便という)にのせて本件ケースを香港に送ることとし、本件ケースをダンボール箱につめ厳重に包装した上、後送手荷物専用荷札(ラツシユ・タツグ)をつけて荷物室に入れて送つてもらうことでパンアメリカン航空の了解を得、本件ケースが入つたダンボール箱をパンアメリカン航空に手渡し、それがパンアメリカン便に搭載されたことを確認した上、さらに被告香港空港営業所、同旅客課、パンアメリカン香港空港遺失物係に本件ケースをパンアメリカン便で送るので出迎えのうえ、受けとつて原告に渡すことを依頼する電報をうつた。

6  同6の事実は争う。同7の事実のうち被告が運送人であり原告との間で旅客運送契約を結んだこと、本件ケースが当初原告の持込手荷物であつたことは認めるが、その余の事実は争う。同8の事実は争う。被告職員がなした前記の措置は持込手荷物である本件ケースについて単なるサービスとして行つたものにすぎないから、義務違反の問題は生じない。

三  抗弁

(一)  被告は本件ケースを発見後、パンアメリカン航空に前記のとおり後送手荷物専用荷札(ラツシユタツグ)をつけて香港に送つてもらうよう処理したものであり、かかる扱いは置き忘れ手荷物の後送の方法として、航空会社間の取りきめに基く最も迅速、安全な扱いであり、かつ航空業界の慣習によるものであるから、かかる扱いをとつたことに何らの過失もないものである。

(二)  本件ケースの喪失についての運送人の責任に関しては、「国際航空運送についての規則の統一に関する条約」(ワルソー条約)及びそれと牴触しない範囲内で被告が定めた国際運送約款の適用をうけるものである。本件ケースは一貫して原告の持込手荷物であつたのであり、かかる持込手荷物が紛失するについては原告の置き忘れ及び被告に対する指示の不十分が原因となつている。前記国際運送約款によると持込手荷物の旅客の過失に基く紛失について被告は責任を負わない旨定められている。

(三)  前記国際運送約款によると被告会社の路線以外で生じた手荷物の紛失事故について被告は責任を負わない旨定められている。被告は原告の代理人としてパンアメリカン航空に本件ケースの後送を依頼したのであり、本件ケースの紛失事故が起つたのもパンアメリカン航空の路線においてであるから、右約款によるとき被告は責任を負わない。

(四)  かりに被告に何らかの責任があるにしても、本件ケースは持込手荷物であり、これについては旅客一人あたり五、〇〇〇フランまたは三六〇米ドルを責任限度額とする旨前記約款に定められている。また本件ケースが途中から受託手荷物に変つたとしても高価品について定める運送料金を払つて委託をうけたものでないから、前記約款により被告の責任は通常の受託手荷物の責任限度額(一キログラムあたり二五〇フラン)にとどまるものである。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)の事実は否認する。本件ケースには現金、貴金属が入つており、かつ、そのことを被告は知つていたのであるから、かかる貴重品の運送については確実安全な方法として「機長託送」またはこれに類する相応した安全な方法をとるべきであつたのである。

(二)  抗弁(二)の事実のうち原告主張の国際運送約款の規定の存在は知らない。その余の事実は否認する。

(三)  抗弁(三)の事実のうち原告主張の国際運送約款の規定の存在は知らない。その余の事実は否認する。

五  再抗弁

本件ケースの紛失につき被告には前記事情の下で重大な過失があるものであるから、ワルソー条約上の責任制限の定めの適用は排除される。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1項の事実、同2項のうち本件ケースの内容物の一部の存在、および価格を除いた事実、同3項以下の事実のうち、本件ケースが一たん被告の東京国際空港事務所に引き取られた事実、原告が香港到着後、被告の香港空港職員ウーに本件ケースの置き忘れの事実を説明したこと、その後被告が本件ケースを香港に送る手続をとつたこと、本件ケースが紛失するに至つたこと、被告が本件ケース内に現金が入つていたことを知つていたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二  いずれも成立に争いのない甲第一、二号証、証人藤瀬昇、同加藤隆宏、同伊藤義則、同小野誠、同阿部春代の各証言、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

1  原告は被告の運行する昭和四六年一一月一八日午前に東京国際空港発香港経由パリ行きのエア・フランスAF一九三便(エア・フランス便)に乗り、旅客が全員機内に入つてドアが閉まろうとする直前に本件ケースを同空港税関内に置き忘れたことに気づき、探しに戻ろうとしたが、被告同空港職員で旅客係の伊藤義則らから、エア・フランス便が離陸直前であり時間もないことから、本件ケースの探索を伊藤に任せ原告はそのまま機内で待つようにと指示され、その指示に従つた。しかるに伊藤が税関に行つて本件ケースを探したが、エア・フランス便の離陸以前には本件ケースは発見できず、そのまま原告はエア・フランス便に乗つて香港に向けて飛び立つことになつた。その際原告は、被告職員でありたまたま休暇中で香港に旅行するためエア・フランス便に同乗していた加藤隆宏に、同便が香港についてから被告東京国際空港営業所に連絡するようにとの勧めをうけてそれに従うことにした(なおこの段階で原告が伊藤に本件ケースの保管を依頼したとの原告の主張については、これを認めるに足りる証拠はない。)。

2  前記伊藤義則が税関で本件ケースを発見できなかつたのは、既に日本航空株式会社の職員が自社の旅客の忘れ物と判断してこれを同社東京国際空港営業所遺失物係に持帰つていたからである。しかし右日本航空遺失物係は本件ケースの内容物を調べて、被告旅客の所持品と考え、同日午後四時ころ、被告の同空港営業所に対し、被告旅客のものと思われる荷物を預つている旨連絡した。右連絡を受けた被告職員の前記伊藤義則は、前記経緯から、それが原告所有のものと考え、直ちに本件ケースを日本航空遺失物係から引渡を受けて、被告の右営業所に持帰つた。

3  原告は、同日香港に到着後加藤に被告香港空港営業所職員のウー(前掲加藤の証言中この人物をリーとする供述は、前掲藤瀬の証言、原告本人尋問の結果に照らし信用できない。)を紹介され、ウーに対し加藤とともに、本件ケースを東京国際空港に置き忘れたこと及び本件ケースの内容物について説明した後、原告が「香港での原告の滞在は一週間であり、早い時点で本件ケースが発見されたときは香港に送つてほしいし、そうでないときは被告で保管していてほしいが、どちらにせよ、発見次第原告に連絡し、事後の処置につき更めて原告の指示を仰いでほしい。」とウーに依頼した。(右依頼の内容についてこれに反する証人小野誠の証言は信用できない。)さらにその際原告は、費用は自己負担でもよいから、発見されたか否かを確めるために、東京国際空港に電話ないし電報をしたいと申出たが、加藤及びウーから、その必要はないと言われた。

4  しかるに被告東京国際空港営業所には、被告香港空港営業所から「本件ケースを発見次第、香港に連絡をとると同時に、一番早い便で送れ」との電報が同日(一一月一八日)午後四時すぎ頃届き、よつて被告東京国際空港営業所の旅客課長金子英一、同課員の前記伊藤義則、阿部春代は、既に日本航空から引取つていた本件ケースについて、その内容物を点検し、それが現金等を含んでいる原告所有物であることを確認の上、これを香港に送るべく、本件ケースをダンボール箱に入れて厳重に包装した。なお本件ケースの外形は、横三〇センチ、縦二〇センチ位の四角形のものであり、その内容物及びその価額は別紙物品目録に記載の通りである。(この点本件ケースの内容物に南洋珠ペンダント及びネツクレス二本の存在が見当らなかつたとの前掲伊藤・阿部の各証言は、本件ケースに入つていた皮袋の内容を確認していないことは同証言自体から認められ、かつ右宝石を皮袋に入れていたとの原告本人尋問の結果を考えあわせると、必しも右認定に反するものではない。)

5  右のように被告東京国際空港職員は、香港空港営業所からの前記電報により、一一月一八日のうちに本件ケースを香港に送ることにしたが、その日のうちに香港に行く便は被告にはなく、パン・アメリカン航空の午後六時三〇分発〇〇一便(以下たんにパンアメリカン便という。)が唯一のものであつたので、前記被告職員阿部等がパンアメリカン航空に本件ケースを送つてくれるよう依頼し、当初はパーサーケア(旅客機の客室事務長が個人の責任で預つて届ける扱い)で本件ケースを送つてくれるよう交渉したが、パンアメリカン側にはその扱いがなく、よつてラツシユタツグ扱いでパンアメリカン便の一般手荷物室に入れて送つてもらうことでパンアメリカンの了解をえた。このラツシユタツグ扱いとは、旅客の持ち込み又は託送手荷物が置き忘れ、積み残し等の事情により、旅客の乗つた便にのせられず、旅客とその手荷物が別になつてしまつたときによく利用される扱いで、旅客の名前、その乗つた便、その他の連絡事項を書いたタツグ(後送手荷物、専用荷札)をつけて他の荷物に優先して送り、それと同時に荷札の番号とその荷物をのせた便の名を、旅客がいる空港にあてて電報をうつて、その引き取りをしてもらうものである。この取扱いは、各国際航空会社間でも相互の旅客機を利用して行なわれており、本件ケースの後送を被告がパンアメリカンに依頼しえたのもそうした事情によるものである。前記被告職員伊藤は本件ケースを入れたダンボール箱を、パンアメリカンの東京国際空港事務所のカウンターでパンアメリカンに手渡し、かつ被告香港空港営業所、パンアメリカン香港空港遺失物係に向けて、本件ケースの内容を記載し、これを右パンアメリカン便でラツシユタツグ扱いにより送るので、同便の香港到着時に内容確認の上、原告に手渡してほしい旨の電報をうつた。

6  しかるに被告香港空港営業所の職員は右パンアメリカン便が香港に到着したので、本件ケースを引き取りに行つたが、本件ケースを発見することができなかつた。よつてその旨を被告東京国際空港営業所に電報し、被告はパンアメリカン便の立ち寄り先のパンアメリカン及びエアフランスの空港事務所に本件ケースの探索を依頼したが、その後も本件ケースは発見されず、結局何者かによつて盗まれたものと推認しうる。原告は香港に一週間滞在し、その後日本に帰国後、被告東京国際空港営業所に、本件ケースが保管されているものと思つて右営業所を訪ねたが、そのときはじめて前記の経過で本件ケースが紛失したことを知らされた。

三  以上の事実をもとに、原告主張の保管契約の成立について判断する。

原告は、被告香港空港営業所職員のウーに対し、本件ケースについて、これを発見したらとにかく原告に連絡し、事後の処置について更めて原告の指示を仰いでほしい旨依頼したが右香港空港営業所から被告東京国際空港営業所に発せられた電報は「発見次第一番早い便で本件ケースを送れ」というものであり、そのため東京国際空港営業所は原告にその指示を仰ぐための連絡をせずに、本件ケースをパンアメリカン便で送付したのであるから原告の依頼が必ずしもその通り原・被告間で了解されたということはできない。しかし前記事実によれば、少くとも原・被告間において被告が本件ケースについて原告に引渡すまでの間これを原告のために適当な方法で保管するべき契約が成立したと認めることができる。かかる場合被告としては、前記のとおり本件ケースに現金二五万余円及び貴金属が入つていることを承知していたのであり、かつラツシユタツグにより後送するという扱いも本件ケースが紛失したところから明らかなように、必しも絶対安全な措置ということもできないのであるから、まず香港にいる原告に対し、これを香港に送付するかどうか、送付するとしてその方法をどのようにするか、また危険対策をどのようにするか等について、原告の意思を確めた上で、その後の措置を進めるべきであつたということができる。

そうだとすると、被告が原告の意思を確かめずに本件ケースを香港に送り、しかもその方法たるや、自便によらず、パンアメリカン便によりこれを行い、かつ、パンアメリカン関係者にもその内容物が察知されるような事情下でなしたことは、前記認定の保管契約による保管者としての保管義務に反するものということができる。被告は本件ケースについて被告が執つた措置は単なるサービスにすぎず、義務違反の問題は生じないとか、被告に過失はないとか主張するが、いずれも採用できない。

以上のとおり原告の請求原因6の主張はこれを認めることができる。ワルソー条約及び国際運送約款を理由とする被告主張の各抗弁はいずれも通常の運送の経過をはずれた特殊な事案である本件保管契約違反による請求に対しては抗弁たりえないものと解する。そして原告が昭和四七年二月一七日に被告に対して本件ケースの紛失による損害賠償の請求をなしたことは被告がこれを明らかに争わないから自白したものとみなすことができる。

以上のとおりであるから原告の本件請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中永司 落合威 菅原雄二)

別紙 物品目録<省略>

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